もうひとつのかな文字

MOJI ESSAY

もうひとつのかな文字

歴史の舵取りをした漢字の伝来

漢字が我が国に伝来したのは、紀元300年ころのことだという。

ときは弥生時代、第15代応神天皇の在位中に百済(現在の朝鮮半島の南西部)から渡来した王仁(わに)という人が儒教とともに伝えたことが、日本書紀および古事記(この中では和邇吉師=「わにきし」と表記)に記録されている。もっとも、貿易はこれ以前から行われていたらしい。経済活動のあるところ文字の存在は欠かせないと考えたほうが自然である。だとすると、もっと前から伝来していたのかもしれない。

独自の発展を遂げた漢字

近年(2017年現在)は、歴史の常識が、ことごとく崩されてきている。昔習ったことが現在では通用しなくなっている。漢字の伝来の常識も、近い将来覆される可能性が十分にあるのではないかと思う。いずれにせよ、日本民族は、素晴らしいコミュニケーションツールを手に入れたことは確かである。

以後、漢字は、独自の発展をとげていく。とはいっても、新しい漢字がどんどん生まれたわけではなく、漢字自体をもとにした仮名文字を作り出していくことになる。

日本固有の文字の必要性

国には、その国固有の文化や風習が根づく。漢字発祥の地・中国には中国の文化や風習。また、その漢字を、日本に伝来させる中継地になった隣国朝鮮。読み方や意味を伝える重要な役割を果たしたが、その朝鮮には朝鮮の文化や風習が。そして、伝来を受けた日本には日本独特の文化や風習がある。

優れた文字を手に入れても、すべてが、伝来文字で表現できるわけではない。日本特有の「侘・寂(わびさび)」などを表現する術は当然のことながらなかった。それら日本固有の文化を漢字で表現するには、新たに文字を生み出さなくてはならない。これには大変な知識と労力を要した。

万葉仮名の成立

そんな背景があって、“表現できる漢字がないなら、既存の漢字の音だけ借りて文章を作ってみよう”という試みになっていく。草書をさらに極限まで崩していく。当時、文化の中心であった和歌にはその表現の仕方が端的に表れている。それが繰り返され、収斂され、やがて伝統になり、一つの文化になっていく。7世紀中ごろから平安時代のこと。いわゆる『万葉仮名』(仮名といっても実態は漢字)の成立である。

しかし、成立といっても、現在のように一つの音に対して一つの文字として統一されたものでなく、和歌や書物の書き手の解釈や洒落心によって、いくつもの文字が存在することになる。つまり、明確な基準がなかったのである。

多数の仮名を統一した小学校令

たとえば、『あ』の字の元になっている漢字は『安、阿、愛、悪』などたくさんある。これでは便利であるはずの仮名文字が、種類の多さで逆に不便になってしまう。そこで1900年の小学校令施行とともに、一つの音に対して一つの文字が正式に制定された。これが、現在私たちが普通に使っている現代仮名づかいである。

取り残された仮名、変体かな

そして、統一されたことによって漏れてしまった膨大な仮名文字を『変体がな』と呼ぶようになった。ところが、統一後の現在でも『変体がな』は使われている。主にご高齢の方の名前に多くみられる。

都市部ではあまり見られなくなったが、地方に行くと、広報紙には必ずといっていいほど亡くなられたかたの氏名が載っている。そこには、また必ずといっていいほど、変体がなを用いた名前がみられる。これが、印刷業者の悩みのタネなのである。

急きょ作った奔行かな-L

私の作品である「奔行かな-L」は、そんな困っているかたがたのために作った書体である。当初「奔行」(奔放な行書という意味で私のつくった造語)は、漢字を含めた総合書体にするつもりであった。
折から、日本タイポグラフィ協会主催の「年鑑2004」への出品募集が始まっていた。その出品用に両仮名と数百文字の漢字をつくり出品。入選した。その時点で、1500字近い原字もすでに書いてあった。

しかし「変体仮名」が欲しいという声が意外と多いことがわかり、以前制作し眠っていた『変体かな』320文字と正規の『両仮名』そして欧文を収録した仮名書体として、急きょ販売した。

眠っていた「変体かな」を起こした!

この「変体かな」は、もともと勢蓮明朝と組み合わせる目的で制作した書体であった。しかし、勢蓮明朝と並べてみると、どうにもフォルムに違和感があり、組み合わせを断念、眠っていたものだった。

この書体は、上記、日本タイポグラフィ協会主催の「年鑑2002」に出品した。自信はあったが、汎用性がないと判断されたのであろう。落選している。そのことが、眠らせた原因の一つになった。

考えてみると、草書から万葉仮名に変遷した「変体かな」と、明朝との組み合わせは無理があって当然だった。いくら、勢蓮明朝が、私の個性の強い手書きの要素が入った書体といっても、明朝は明朝であった。

「変体かな」は、奔放な手書き書体である。書き手によって形状は異なるが、平安歌人たちの繊細な筆致には、奔放な筆字でなければマッチしない。その意味では、「奔行」との組み合わせは運命的なものだったのかも知れない。

グッドタイミングだったOpenTypeの台頭

この書体は、異体字切換という機能をもったアプリケーション(Adobe InDesign/Adobe Illustrator)でなければ使用できない。また、フォントフォーマットが OpenType でなければならない。

逆にいえば、OpenTypeの台頭があって初めて可能になった書体である。ただ、Adobe InDesign や Adobe Illustrator などのアプリケーションを使用できない一般のオフィスや個人も当然おられる。そのためにTrueTypeで外字登録され、提供されているサイトもある(※1)。頭が下がる思いである。

また、Koinさんの「Koin変体仮名」、私の「奔行かな」を含む、5社の変体仮名をまとめた便利なサイトもある(※2)是非、ご訪問をおすすめする。

いずれにしても、文字セット外(外字)の文字を使用するには、結構ハードルが高いのである。ともあれ、購入された方からは、大変喜ばれている。320文字ではまだまだ足りないのだが…。(下の図は Adobe InDesign CS5 の異体字切換ウィンドウ)

変体仮名の出しかた

町中でも見かける変体かな

街を歩くと、必ず遭遇するそば屋や天ぷら屋の看板。これも「変体かな」である。何と書いてあるのか首をかしげた経験のある人の割合は、恐らく100パーセントではないかと思う。

何かおかしい? 書道教本

この文字は、当たり前のことだが書道文字である。書道では、かな作品の創作には「変体かな」が必須である。この練習のための教本には、藤原行成や紀貫之をはじめとする和歌、短歌の名筆選集が使われている。

この注釈(活字部分)には、残念なことにどの教本も現代かなしか使われていない。筆跡見本では変体がなであるのに、現代かなを用いて、ルビに元となっている漢字を配置している。「変体かな」の活字、あるいはフォントがないのが主な原因だと思うが、これでは教本として片手落ちだと、私は勝手に思っている。

最後に私の持論

私の持論は、現代かな、変体がな混在で、変体がなのルビに現代かな、それに括弧して元となっている漢字を配するべきだと思うのである。試みに比較できる画像を添付してみた。私の主張はおかしいのであろうか?

私の提唱する表示法

※1:Koinのページ  http://www10.plala.or.jp/koin/koinhentaigana.html
※2:みんなの知識 ちょっと便利帳  http://www.benricho.org/kana/a.html

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