書体の表情 6:ワンポイントに独特の雰囲気を醸し出す=A1明朝

TYPOGRAPHY SERIES 2

書体の表情 6 ワンポイントに独特の雰囲気を醸し出す=A1明朝

書体の性格■各論編 ❻ A1明朝

ワンポイントに独特の雰囲気を醸し出す=A1明朝

前回は、字游工房の「游ゴシック体」を紹介しました。いまや、この書体も見ない日はなくなったように思います。本当に美しい書体です。美しさでは游ゴシック体と双璧をなすのではないかと思われる書体に、明朝体の「A1明朝」があります。

今回は、名実ともに伝統的な書体、モリサワの「A1明朝」をクローズアップしていきます。

●書体名・ウェイト名:A1明朝 Std Bold ●販売フォントベンダ:モリサワアイコンの見かた書体の表情・書体の用途

メーカー・開発者の説明

「A1明朝」は、モリサワ最初期から長く愛されているオールドスタイルの明朝体です。漢字のゆったりとしたカーブと、かなの優美な表情が生み出す独特の味わいが特徴です。デジタル書体化にあたって、画線の交差部分に写植特有の墨だまりを再現するなどし、やわらかな印象と自然な温かみを感じさせる新しい書体として生まれ変わりました。可読性にも優れているので、ニュアンスを活かした大きな見出しから本文まで幅広く活用することができます。

モリサワのフォント」より引用

A1明朝組み見本

書体の私見・感想

●歴史は古く、広く愛された書体だった

この書体の歴史は古く、写植の時代にさかのぼります。「太明朝体A1」と名づけられたこの書体は、モリサワの初期を代表する、大変広く愛された書体でした。写研の「石井明朝」の流れを汲んだ書体といって差し支えないと思うほど、形状はよく似ています。

その後、「太明朝体A1」はデジタル化され、「A1明朝」と名前を変えました。復刻するにあたり、全面的に手が加えられたようですが、やや大人しい印象になったかな、と感じます。それは、払いの力の弱さ、それから「墨だまり」といわれる効果のせいかも知れません。

A1明朝の最大の特徴は、その「墨だまり」といわれる横画と縦画の交差した部分を丸く処理してあることです。これは写植文字の特徴をデザイン化したものです。

では、写植文字の特徴である「墨だまり」は、なぜできるのかという説明が必要になってきますね。

●活版で「墨だまり」の起こる原因

「墨だまり」という言葉は、本来、活字に使ったほうがしっくりきます。実際に「墨(インク)」を使うわけですから。活版は、活字にインクを塗り、紙を置いて上から圧力をかけて紙に写し取る原理です。そう、版画と同じですね。

このとき、文字の輪郭にマージナルゾーンと呼ばれるわずかな滲みができます(インクの盛り過ぎや圧力のかけ過ぎが原因)。凸面の文字の部分にのったインクが圧力の加え過ぎで押しつぶされて、周囲にはみ出ちゃうんですね。これが「墨だまり」といわれる現象です。ですので、縦画と横画の交差する部分はより余計にインクがたまり、丸くなっちゃうのです。

ちなみに、熟練した印刷職人さんが刷った場合は、「墨だまり」はできません。

では、写植でもなぜ「墨だまり」ができるのか。写植の場合は、正確には「滲み」あるいは写真用語の「被り(かぶり)」といったほうが適切かも知れません。この「滲み・被り」は、「太明朝体A1」だけに起きたことではなく、すべての書体に起きた共通現象なのです。

●墨を使わない写植でなぜ「墨だまり」が起こる?

写植の原理は簡単にいうと、光源ランプで発生した光が、文字盤(2枚の透明なガラスに文字部分が透明のネガフィルムをサンドイッチしたもの)を通り、指定したQ数(文字サイズ)のレンズで大きさを決められ、マガジンの中にセットした印画紙に印字される、というものです。そう、アナログカメラと同じ原理ですね。被写体が文字盤だというだけの違いです。(この後、現像という必須作業があります)

光を使用する以上、印画紙に印字され、現像された文字のエッジは初めからボケています。つまりわずかな「被り」がある状態。活版でいうマージナルゾーンです。ですので縦画と横画の交差する部分は丸くなるのです。
具体的には “書体選定に役立つ、書体の表情を知るための12+1のチェックポイント” の中 “1.4 ●小口(切り口・角)のかたち、そして「墨だまり」” figure7 をご参照ください。

さて、だいぶ横道にそれました。本題に…。

●大ヒットアニメ「君の名は。」のタイトルに

A1明朝は、前述の通り「墨だまり」をあらかじめ作った珍しい書体です。この書体を使うと、ふわっとした温かみのある、何ともいえない効果を期待できます。2017年に大ヒットしたアニメ「君の名は。」のタイトルに使われ、一躍有名になりましたね。2018年の正月テレビ特番で地上波初放映になったことで、またブームがくるかも知れません。

ただ、この書体は、使いどころがかなり限定されます。原因は、他ならぬ「墨だまり」。これをつけるというアイデアはよかったのですが、明らかにやり過ぎ、つまりわざとらしいのです。もっと自然な丸みでよかったのにな、と思います。

先に紹介したモリサワの説明では “可読性にも優れているので〜” “本文まで幅広く〜” とありますが、必ずしもそうとは思いません。本文に使うには、ぼんやりし過ぎて目が疲れ可読性に問題がありますし、大きい見出しに使うには、あまりに誇張された「墨だまり」が、邪魔します。「君の名は。」のタイトルのように、要所のワンポイントに使われるのが良いのかも知れません。

私は、A1明朝は、評価はするもののあまり使いません。この書体の、デフォルト(墨だまりがないもの)が制作されるのを、切に望むのは私だけでしょうか。

あとがき

1960年の発売ということですので、私が勤めていた印刷所が写植を導入した1968年ころには、すでに文字盤のラインナップにはあったはずですが、会社はこの書体を選定しませんでした。

当時は、文字盤も大変高価なものでしたし、活字書体と比べると弱々しい印象(活字を見慣れた印刷屋の目には)の上、本文組みにはやや太く、見出しには細過ぎる中途半端な太さ、それに加え単独ウェイトだったこともマイナスしたかも知れません。

当時は、多ウェイト化された書体はありませんでしたが、「細明朝体AC1(だったかな?)」「太ミンA101」「見出ミンMA31」が、グリフ形状が似通っていたため、こちらを選んだのだと思います。同様にゴシック体も「中ゴシックBBB」「太ゴシックB101」「見出ゴB31」が選ばれ、私の写植人生は、この6書体でスタートを切ったのでした。

その後、何年かして独立しましたが、とにかくお金がなかったので、結局二束三文で手に入れた試作品のような写植機についてきた文字盤(奇しくも先の印刷所でのラインナップと同じ書体)でスタートを切りました。なので、私の中では、「A1明朝」は日陰の存在でしかなかったのです。

いま考えるともったいない話ですが…。

次回は、タイププロジェクトの代表的ゴシック書体「AXIS」を紹介していきます。

書体の性格
もくじ
1 書体の選びかたでデザインが劇的に変わる。書体の性格を知ろう
  ●書体選定に役立つ、書体の表情を知るための12+1のチェックポイント
2 書体の表情
  1 ●この書体を使えば失敗はほとんどない=ゴシックMB101
  2 ●この書体を見ない日は、まずあり得ない=リュウミン
  3 ●正統派なのにどこか素朴であたたかい=セザンヌ
  4 ●おおらかさの中に風格が漂う=筑紫B見出ミン-E
  5 ●どのウェイトのどの文字種もほぼ完璧=游ゴシック体
  6 ●ワンポイントに独特の雰囲気を醸し出す=A1明朝
  7 ●普遍的なしっかりとした力を持っている=AXIS
  8 ●藤沢周平の小説を組むために作られたという=游明朝体
  9 ●macOSやiOSに標準搭載されている=ヒラギノ角ゴ
  10 ●現代的と伝統的の不思議なコラボ=ヒラギノ明朝
  11 ●好き嫌いがはっきり分かれる=小塚ゴシック
  12 ●作者の文字への情熱がほとばしる=小塚明朝

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コメント

  1. お久し振りです。
    一点だけ、
    >写研の「石井明朝」の流れを汲んだ書体
    というよりも。「築地の5号の流れを〜」とした方がいいように思いますが…
    少し気になりましたので…

    • 大石さん、お久しぶりです。
      コメントありがとうございます。確かに「ルーツ」という観点からすると、「築地5号」ですよね。私は、単純に「石井明朝」にグリフ形状が酷似しているという部分に注目しちゃいましたので…。その意味では間違いではないと思いますので、できればこのままにさせていただきたいのですが、いかがでしょうか。
      いつも、的確なご指摘をありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。

      • はい、これ以上は無理強いは致しません。

        • 無理強いだなんて…。
          とんでもありません。本当に感謝しております。
          心臓にはかなり悪いですけれど…(笑)。

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